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定年過ぎの750乗り。趣味と、割と多忙な日々。

平成のおわりと、ほぼ時を同じくして定年を迎えました。主夫としての生活、愛車E36M3C、愛機Z750Fourのこと、趣味のこと、日々の出来事や思い出話を徒然に記していきます。

気の滅入ることばかり。

気の滅入ることばかり。

 

凄く親しい友人やら家族とは、政治の話(というか批判)も

遠慮なくしますが、初対面(もしくはそれに近い人)とは

政治や宗教の話はしないようにしていました。

でも、ちょっとこのところいろんなことが鬱積しきっている状態で。

 

ひとつめ。英語の民間試験の利用について。

問題があるとする大学が65%。

問題があるとする高等学校の進路指導担当教員が89%。

全国高等学校校長協会が延期を申し入れたのに、

荻生田文科相は予定通り実施する方針を示している。

 

ふたつめ。まだ何万戸もの家庭で停電しているっていうのに、

防災担当政務官は何をしているのかわからない。

 

みっつめ。これだけ甚大な被害が出ているのに、

消費税を増税することに、これっぽっちも戸惑いのない

内閣と安倍首相。

 

よっつめ。福島原発の汚染水を大阪湾に撒くことを容認している

大阪府知事

 

いつつめ。東京電力の元会長、元副社長に無罪の判決を下した

東京地裁

 

むっつめ。こんなときに携帯の料金の問題を云々している官房長官

 

 

以上、順不同ですが、

 

この国は終わった。

 

リーバイスとアルバイトのこと

千葉県(特に南房では)台風が残した傷跡も癒えていませんが

しばらく宙ぶらりんになっていた「リーバイス」のお話です。

 

履いたまま洗うと身体にフィットするという、リーバイス501です。

このジーンズには、下のようなラベルが貼ってあります。

  

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リーバイス501プレシュランクのラベル

これは、バイト当時お店で「ワンウォッシュ」と呼んでいた501のものです。

ラベルの内容はすごく簡単にいうと、

「このジーンズは、洗って縮ませてあるけれど、洗っていくうちに長さにして

3%縮むので、ジーンズに表記どおりの数字を目安に買うように」

ってなことだと思います。

そして、もう一つ、一度も水を通していない「オリジナル」と呼ぶタイプのものも

ありました。

もう一種類は、何度も洗ってあり、これ以上殆ど縮まないよ、というタイプでした。

確かウォッシュと呼んでいたと思います。

 

3%縮むって、どれくらい?

 

物好きな向学心旺盛な私は、501のオリジナルを購入

(当時も505より2割がた高かった。EDWINの倍以上の値段)。

 

履いたまま風呂場でたわしを使って洗い、天日で干す、ということを

実行したのです。

そして洗う度に、購入したの501の寸法(長さ、ウエスト)を記録に取り続けました。

 

3か月くらいで縮みが収まり、私はそれをグラフにして、

店の501の棚に掲示したのです。

もちろんEXCELなど影も形もない時代です。個人持ちのPCといえば

エプソンのHC20という8ビットの(今なら)玩具のようなPCしかない時代でしたから(それでも当時13万円!)、当然市販のグラフ用紙に記入して掲示したのです。

 

これは店長も「まあ、暇なんだろうな」という程度の評価だったとは思いますが、

店に出入りのリーバイスの営業T氏の目に留まったのです。

「このグラフを作ったの、君?」というところから始まって、いろいろな話を

するようになります。

 

前回の記事で記したとおり、リーバイスとリーは、ほかのメーカーとは別格、

という感じでした。

中でも、リーバイスは、リーバイスジャパンを創立したばかりで、

企業としての鼻息も荒かったように覚えています。

 

鼻息が荒かった一つ目。

リーバイスは注文のミニマムが20でした。

つまり、一度の発注で、20本未満では注文を受けない、というのです。

これでは小さなお店はリーバイスを発注するのがとても困難です。

必然的にリーバイスは扱えなくなります。

鼻息が荒かった二つ目。

B級品(メーカーのチェックで、織斑や傷などが見つかった品。その当時は

アウトレットモールなどありませんから、B級品も一般の店に卸されます)は、

ほかのメーカーでは、売り場に「B級品」と表示し、油性マジックでウエストのラベルに赤い斜線を入れればそれで安売りができたのですが、

リーバイスは、赤いタブ(Levi’sと記されているアレ)を切り取らないと

B級品として安売りすることができなかったのです。

 

そんなリーバイスの正社員の方と話ができる、というのは、

ただのアルバイトにしてみれば大変なことでした。

そのT氏からジーパンの扱いなどについて教えてもらったことを

次は記してみたいと思います。

 

 

 

 

 

台風15号(続き)

今、16日0時54分です。

 

千葉県地方、雨が降ってきました。

 

まだ電気が通っていなくて、暑い夜を送っていらっしゃる方には、

外気温を下げる恵みの雨だとは思いますが、

暴風で、屋根が壊れたり家が壊れたりした方は、

そんなことは言っていられないでしょう。

 

今自分には募金しかできることはないのですが、

これ以上被害が広がらないようお祈りいたします。

 

現場で、多くの方々が力を尽くしていらっしゃることは、前回記したとおりです。

ですから対応についていろいろと口にすることは

避けたいと思います。

 

ただ、これ以上被害が広がらないよう、つらい思いをする方が増えないよう

祈るばかりです。

 

台風15号

台風が過ぎ、電気が2日と半ぶりに回復して、

やっとPCに向かっています。

 

県内、しかも近隣の市町村には、

まだ電気、水道など復旧していないところも多いというのを

ぶっ壊したい人もいるNHKを見て

(だって民放では殆ど情報が得られないから)、

自分にも何かできないかと考え中です。

せめて、今の非常事態をいろいろな人に知ってほしいのですが、

ぶっ壊したい人もいるNHK以外、ほとんど情報がない状態で、

こうしてPCに向かっているわけです。

 

もう少し、ウチの周りのあれこれを片付けたら(裏の森からの飛来物が多い)、

きちんと記事にしたいと思っていますが、

この3日間で私が見聞きしたことを簡単に記しておきます。

 

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信号が点灯していないのがお分かりいただけますか

 この先の信号も実は点灯していないのです。

家庭の電気だけでなく、こんなところも停電していました。

 

洗濯ができないので、コインランドリーに行っても、

3軒すべてが使用中。

となりの八千代市まで行って、3軒目でやっと洗濯ができました。

 

その道すがら、国道296号線を北上していく、何台もの

自衛隊災害派遣部隊の車両(後日テレビで給水部隊だと知りました)。

 

ちょっとした用事と勘違いで東京に出た、その帰宅時、東関東自動車

幕張SAに停車している、数台の関西電力京都支社の緊急電源車両

(多分、南房総に向かったのでしょう)。

 

夜十時近く、国道296号を南下していく、自衛隊災害派遣部隊の車両。

いろいろな人がいろいろな形で被災地のために働いているのを

目の当たりにしました。

 

詳細は、おって記事にいたします。

被災地の皆さんが、これ以上の被害を被りませんよう。

 

 

次の日が異常気象を予報されている時、

どうも。遅くに失礼します。

 

お若い方には想像もつかないでしょうが、

昔(50年ほど前)には、電力不足のため、日本中のTV放送局が

放送中止の時間を設けていました。

 

私が覚えているのは、昼の2~4時くらい、

いろいろな局が「放送休止」していたものでした。

 

中学生位(昭和46年から48年頃)には、そんなことはなくなりましたが、

深夜0時を過ぎると、どの放送局も(多分)早暁5時までは、

放送を中止していたものです。ただ砂嵐だけが流れていました。

しかも当時は、衛星放送やUHFなど存在せず、地上波だけでした

(ラジオはずっと放送していたけど)。

 

深夜から翌朝まで異常気象が予想されているとき、頼りになるのはNHKでした。

静止画の上に字幕が流れ、各地の気象状況を流しつつ、

BGMは(多分)バッハのチェンバロ曲です。

 

これがよかったんです。私が経験した異常気象とは、

ほとんどが「大雪・積雪」に関するものでした。

 

明日は、学校が休みになるといいなあ。

 

そんなことを、深夜のNHKの放送字幕を見、音楽を聴きつつ、

夜更かしをして、明朝予報が外れてカラリと晴れた空を見ながら、

学校に遅刻していたのは、私です。

 

明日は関東地方を台風が直撃する予報ですが、

ケガ人など、でませんように。

 

では、おやすみなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

印西市の自然

昨日のアド街で、印西市が取り上げられていましたね

(ご覧になった方も多いのではないでしょうか)。

 

その中で取り上げられなかった、私の好きなスポットを記事にしてみました。

もしかするとそこは、地元の方が大切にしていらっしゃる場所なのかも、と思うので、

場所を明確にすることは、避けたいと思います。

 

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印旛沼しょう水路

ここは、北印旛沼と西印旛沼を結ぶ捷水路です。写真上が

印旛沼です。

 

ここからバイクで5分ほどに、

 

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印旛の湧き水

こんな場所があります。黒いネットは、農作物の、無人販売所です。

一番左に写っている木の向こう側のちょっとした谷に、件の湧き水があるのですが、

今日のこの場所での気温は

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34.1℃

ご覧の通りです。日陰です。

でも、地下水って自然の恵みだなあとしみじみ思わせるのは、

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ちょっと見にくくてすみません15.9℃です。

湧き水の温度を測ると、外気温より20℃近く低い、15.9℃でした。

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数百メートル離れたところから。

こんなところにある小さな谷に沸く水から、田んぼに水を引き入れています。

私たちは、その湧き水をおすそ分けしてもらっている、という感じなのですが、

いつ行っても水の容器を持った方でいっぱいです。

湧き水の近くに、「大地の恵みを感謝していただくように」という

看板があるのですが、本当にその通りだなあと思います。

 

湧き水の温度は、気温に左右されない、と言われますが、

冬場にこの水が何度になるか、また記事にしたいと思います。

 

その後の福丸

どうも。福丸のその後です。

 

普通にウチの飼い猫として生活しています。

飼い主はちょっとやばいかも。

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ガチャで手に入れたコミックの福丸ソフビです。

何といっても、こんなものを手に入れて乙にいってるんですから

(手に入れたのは私ですけどね)。

 

 

…「普通じゃないの?」と、思ったアナタに聞きたい。

60歳の爺さんが、ガチャやっている時点で、おかしいでしょう。

バイクに乗っていても、フルフェイスのヘルメットをかぶっていれば、

何歳かなんて、わからない。

でも、TSUTAYAの店先で、白髪交じりのおじいさんが、ガチャやっていたら、

やっぱり変ですよね。

 

私を始め、家族全員、ちょっと変。

 

ニルスが旅立ってからの、心の隙間を埋めているのだろうか?

そんな飼い主の心も知らず、今夜も福丸はよく寝ています。

 

では、おやすみなさい。

ピースサインのこと 4

一旦休止符を打った「ピースサインのこと」でしたが、

ちょっと思い出したことがあって…

 

1つめ。何十年も昔のことですが(また昔語りかよ)、

毎日新聞社から「ザ・バイク」という隔月刊(だったと思います)の雑誌が

刊行されていました。その雑誌に、かの片岡義男さんが

時々短編小説を書いていたのですが、その一作品に、こんな一節がありました。

 

確か、オートバイで旅をしている主人公が山のターンパイクで雨に降られ、

虹色に彩られたオーバーパスの下で主雨宿りをするというシーンでした。

先に雨宿りをしていたオートバイの少年達に 主人公が近づくと、

「少年たちがピースサインをし、彼(主人公)も返した。

これはオートバイ乗りの共通の挨拶だ」、というような一節だったと思います。

 

2つめ。私が学生時代にアルバイトをしていたジーパン屋の後輩バイトの弟君の話。

彼はむちゃくちゃライディングがうまかったようで、限定解除は2回で合格。

週末はドカティ900MHレプリカに乗ってサーキットをせめていました。

このバイクの排気音、排気管が直管、いや拡声器内蔵じゃないかと思えるほど。

本当に「一里先から来るのがわかる」というくらいの爆音快音を放っておりました。

その弟君は、私の顔を見るたび、「はやく限定解除して750乗りましょうよ。」と

言っていたのですが、その話は置いといて…

 

ドカは、2、3年で降りてしまい、KawasakiZ750GP(初のdfi搭載機)に

乗り換えたのですが、その話も置いといてっと。

その弟君は、ツーリング中など、ピースサインを送られると、

パワーリフトをしつつピースサインを返す、という離れ業をやってのけていたそうで、

対向のオートバイ乗りからは大受けだったそうで。

 

3つめ。街中ではピースサインをしない私ですが、

限定解除を果たしたその日の試験場からの帰り(というか駐車場から出た時)、

一緒に試験を受けた人達とすれ違い、(多分祝福の)ピースサインをもらい、

私も返したっていう、それだけの話なんですけど。

 

4つめ

ウチの家内が言ってたんですけど(私自身は、すっかり忘れてました)、

昔二人でZ初号機で北海道をツーリングしたことがあったのですが、

その時、四輪のドライバーがピースサインをくれたのを見て、

「昔オートバイに乗っていて、今は乗っていない人なんだろうな」と、

家内(当時は彼女)に言ったというのです。

そんなこと、いったかなあ?

最近脳みそがイタみ始めたので全然覚えていませんでした。

 

さて、「限定解除」をご存じない方、

またそのうち記事にしたいと思います。

 

ではまた。

 

 

 

バイク漫画やバイク映画、小説、もしくは、バイクが出てくる漫画や映画、小説の話 1

毎日暑くて、バイクで出る気持ちになれません。

そんな時は、昔話に花を咲かせましょう。

 

年寄りの世迷言、というより、繰り言だね。

でも、まっちゃん@雨はこれからby東本昌平

が言ってた(気がする)。

「これまで生きてきた時間のほうがこれから生きる時間より長いんだ。

昔話をして、何が悪い。」ってね(すみません。趣旨はあってると思うけど、

違っていたらご指摘ください)。

 

昨日、とある方のブログを読んでいたら、

「軽井沢シンドローム」とか「彼のオートバイ、彼女の島」とか、

あまりに懐かしい作品名が出てきたので、つい返信してしまいました。

その方に承認いただいたら、リンクを張ろうと思っているのですが、

ま、それはさておき。

 

本日のお題は片岡義男の小説「湾岸道路」です。

内容自体は、いつもの「片岡作品」って感じで、

不思議な男女とオートバイのお話、です。

 

自分にとって印象深かったのは、この小説、女主人公が

湾岸道路(高速のほう)を、湾岸習志野で降り(高速を降りるとそこは、R357)、

遠くに見える(R14京葉道路幕張インターそばの)黄色の看板(マクドナルド)と、

赤い看板(ケンタッキーフライドチキン)の二店舗のうち、

黄色の店に入ってコーヒーを飲む、という描写で 終わるんです。

 

私は、35年前、25年間住んだ横浜を離れ、就職・引っ越しのために

愛機Z750Four初号機とともにこの首都高湾岸線

幕張(湾岸習志野IC)に降り立ちました。

「ああ、あの小説と同じ。」と思いつつ左を見ると、埋め立て地が広がる先に、

確かに黄色の看板と赤い看板が見えるのです。

赤い看板の店には入りませんでしたが、小説の描写と同じ風景に感激しました。

 

今は、二店ともありませんし、立ち並ぶビル群で、幕張からR14なんて見通せません。

 

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TonyRoma’s

こんなお店や

 

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CafeCROISSANT

こんなお洒落なお店が入る 

 

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マリブダイニング

 

 こんなビルディングが立ったり、

BMWジャパンの本社ビルが建ったり、

カルフール日本第一号店ができたり、

神田外語大学放送大学が開学したり、

 

35年というのは、結構な時の流れなんだなあ、と

幕張に行くたびに家内や子供にこの話をするのですが、

そのたびに「また始まったよ、お父さんの昔話。」と、うるさがられて

感動されています。

 

 

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三井アウトレットパーク

にあるこんなお店で

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珍しい!ハートランドビール

こんなものを呑みながら

 

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また肉だよ

こんなものを食べつつ、

9月1日、娘の夏休みのおまけの日に、

昔を思い出してこんな話をしてうざがられる感動される

私でありました。
 

 

 

 

リーバイスとアルバイトのこと 3

このジーンズショップでのアルバイト、

お店の商品の片付け、店内の清掃から始まり、

次第にできる仕事も増えていきます。

 

接客、検品、検品から品出し等々...

 

お客さんから、

リージーンズ、どこ?」「エドウィンの○は?」

とか、質問されるたびに、店内の商品の知識も増えていきます。

 

その当時は、あまりジーンズメーカーも多くなく、

店で扱っていたのは

リーバイス

リー、

エドウィン

ラングラー

ビッグジョン

っていうところでしょうか。

それ以外の国内外の無名メーカーの製品も扱ってはいましたが、

ほとんどが980円の特売担当要員という感じでした。

 

さて、上記のメーカーはそれぞれメーカーごとのコーナーがあったのですが、

リーバイス、リーは別格という感じで、店に入ってすぐの、

いわば一等地にコーナーが与えられていました。

世間一般でも、リーバイス、リーはアメリカ製のホンモノという認識だった

と思います(私も含めて)。

 

さて、私がリーではなく、リーバイスを好きになったのは、そのアルバイトの最中に、

店長のお兄さんにこんなことを言われたのがきっかけでした。

「リーバイスは生地が違うよ。履いた時の肌触りは、ピカ一だね。」

 

確かにその通りでした。

 

リーやラングラーエドウィン。どれを履いても、リーバイス

さっぱりした感じには及びません。加えてジーンズの歴史を知るにつれて、

「No.1はリーバイス」との思いが強くなっていったのです

今と違ってインターネットで知識を収集することなどできないわけで、

(多くは)月刊であったファッション誌などで、少しずつ知識を集めていったのです。

 

(リーバイスに関する知識や歴史、トリビアについては、

リーバイスファンの諸兄にはきっとかなわないと思いますし、この記事の

趣旨とは外れますので、割愛したいと思います)

 

いつのまにか店内では、リーバイス担当のようにふるまっていた私です。

最初は505ばっかり履いていました(店員割引きで20%オフでした)。

おかげで、アルバイト代はほとんどリーバイス代っていう感じでしたが…

 

505は、ご存じの通り、ストレートとはいいながら、501と比べて

股上も浅く、かなりスリム感の強いストレートです。40年前、

体重が今より20Kgも少なかった私には、ちょうどよい履き心地、

動きやすさのジーンズでした。

 

どのジーンズを買うか迷っているお客さんには、必ずと言ってよいほど

リーバイスを進めていました。

 

が、そんなアルバイトの学生に、一つ疑問点が持ち上がるのです。

それは、501のことです。

 

お店の暇な時間、ある雑誌を読んでいると(これも大事な仕事だったのです)、

「501は、履いたまま洗うことで次第に体にフィットしていく」という記事を

見つけたのです。

それまでは、501は指名買いが多く、私は、もっぱら505をお客さんに薦めていました。

「履いたまま洗う?」どういうことだろう?

 

このことが、また一歩リーバイスを好きになるステップの一段目でした。

                        

                                続きます。