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引っ越しをした750乗り。

平成のおわりと、ほぼ時を同じくして定年を迎えました。愛機Z750Fourのこと、趣味のこと、日々の出来事や思い出話を徒然に記していきます。

尻に火が付いた

どこか対岸の火事のような目で見ていた新型コロナウイルスです。

勿論、子供たちの学校のこと、自分の仕事のこと、家内の仕事のことと、

いろいろな面で影響はもろに受けております。

 

が、病気自体はやはりどこか他人事のように感じているところがありました。

勿論、うがい手洗いマスクは必須。自分がかからないように、そして、

他人にうつさないように、私も家族も万全の配慮はしております。

 

なのに、この三日ほどで周囲の状況が悪い方に変わってきているのです。

 

私の住む町の隣町には京成本線の駅があります。

その駅の周辺で、クラスターが発生しました。

 

新聞によればその駅北口の昼カラができるお店、そのお隣のフィリピンパブ他計3件。

         南口の昼カラができるお店1件。

 

高齢者の方が罹患しているようです。

軽症で済むことを祈りつつも、今まで若い人たちが我慢をしてきたのに、

なんでその我慢を水の泡にするようなことをするのか、という、

怒りの気持ちもあります。

 

何といってもこの駅は長女が毎日使う駅。

私も通勤(ほとんど仕事ないけど)で使う駅。

 

その駅の目の前にある昼カラの店やパブでクラスターが発生したとなれば、

他人事とは言っていられません。

 

カラオケが趣味なのを責める気は毛頭ありません。

私の趣味(オートバイ)だって、人によっては眉をしかめるようなものでしょうから。

 

ですが、時期を考え、少しでも他の人に迷惑をかけないように、という事は

弁えているつもりです。

 

年齢に関わらず、また、政府や首長の指示の有無にかかわらず、

自分や自分の家族がこの病気を広めないように、これからも気を付けよう、

そして自分や自分の家族が罹患しないように、これからも気を付けよう、

と改めて思うのでした。

 

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引っ越します。

このブログを開設した当初から思っていたのです、

はてなブログ」と「はてなダイアリー」というのは、

違うものらしいと。

 

ですが、「よくわからんわ」と一年以上放置しておりました。

 

先日、ブログに読者登録しているのに、記事が全くない、という

話をhoneyhornetさんから聞きました。

やっぱり、放置してちゃだめじゃん。

 

じゃあ、はてなブログに引っ越すか、と思ってはてな本部に確認してみたのですが、

もうダイアリーからブログへの引っ越しはできないとのこと。

 

じゃあしようがない。

 

これ以下の記事をはてなブログで書くことにしよう。

そう決めたのが昨日のこと。

 

いろんな方に迷惑をおかけして申し訳ございません。

 

きっと、honeyhornetさんも以外にも、ブログの方に読者登録しつつ、

「こいつなんも記事書いとらんじゃん」と思っていらっしゃる方は多いと思います。

 

本当にすみません。反省しております。

 

adsenseとか、アナリティクスとか、いろいろ変更することはあるのでしょうが

それはそのうち対処しましょう。

 

次の記事からは、はてなブログの方で。

ダイアリーは、今日でさようなら...

 

で、自戒の意味を込めて、本日はこんなので一杯。

 

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刺しと、以前以下の記事の時に購入した鹿の缶詰です。 

piroji1616.hatenadiary.jp

 

皆様へのお詫びと、自戒の意味を込めて

大声で叫びたい。

 

自分の馬鹿と。

ということで、今後もよろしくお願いします。

 という事で、今後はこちらへお願いします。

https://piroji1616.hatenablog.com/

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閑話休題(続き)

Nゲージの話を続けようとしたのが、ちょっと横道にそれ

 

piroji1616.hatenadiary.jp

 へと行ったのですが、実はすごく大切なことだと、

今思っています。

 

私事ですが、長男は大学三年生、

長女は高校三年生、次女は中学三年生。

 

長男は、この先を決定するのにあと一年の猶予があります。

が、長女、次女はあと半年後に受験が迫っております。

親としても受験をまじかに控え、気が気ではありません。

そんな中、今日、次女の通う中学校に今年度の教材を取りに行ったのです。

先生方は、道路の入り口から駐車場、教材の受け渡し場所までいろいろな場所に立ち、

丁寧に誘導してくださいます。

先生方は、生徒が自学している事と信じてこんなことをして下さっているのでしょう。

教材を受け取り帰宅したのですが、次女は、まだ課題が終わっていないようでした。

3月初めの自宅学習開始以来、いつも起きてくるのは10時過ぎ、朝ご飯兼

昼ご飯を食べて自室へ。夕食がテーブルに並んだ頃に居間に来て、

食べ終わったらまた自室。

長女は起きてくるのは11時過ぎ(以下、次女と同じ)。

 

二人とも「勉強している」、と口では言いますが、怪しいものです。

で、今日長女が言ったのです。

「受験、どうなっちゃうんだろう」と。

 

私が何か言っても耳に入れようとはしません。なので、こいつらは見捨てましょう。

 

この記事を読んでいる受験生(または受験生をお持ちの保護者の方)、

この先どうなろうと、今できる勉強をすること、それが

何より大切なのだと知ってほしいのです。

 

どんなつまらない事でもいいんです。

ただの読書でもいいんです。

算数のドリルでも、漢字のドリルでも、英単語の暗記でもいいです。

毎日必ずいまできる勉強をすること、それが、この先どんな世の中になろうと

自分を助けてくれるのだという事を知ってください。

「受験、どうなっちゃうんだろう」と心配する前に、

どんなことになっても大丈夫なように、

基礎体力(学力ですね)をこの期間に身につける事、

それができた者が勝つのだと、

 

ああ、結局自分の子供の愚痴になっちゃいました...

すみません。

 

 

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非常事態

は、まだ続くでしょう。

その影響か先ほどのNHK総合のシブ5時で、野生動物の生態に変化が起きているという

ミニニュースがあったのですが、このあたりでも

ありました。

千葉県佐倉地方でサルが出没したという情報が次女の学校からの

緊急通知お知らせメール(だっけ?)で配信されました。

サルですよ!

 

イノシシは見たことがあるし、

 

piroji1616.hatenadiary.jp

 

数年前まで、夏の夜には

近くの神社の森からアオバズクの鳴き声が聞こえていました。

今日庭の草取りをしている時には、下の畑から、雉の鳴き声が

しておりました。

トンビなどもよくウチの上空を飛んでおります。

 

が、サル!!

 

これは怖い…

 

やっぱりサルの行動にも変化が現れているのでしょうか。

 

 

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閑話休題

ちょっと、Nゲージの話もオートバイの話も横に置きます。

私が読者になっているとある方のブログに、

小学生の息子さんがこんなことを言っていたとか。

 

今まで、学校ってめんどくさって思ってたけど、めんどくさいことって、大事なことだってことに気が付いたよ

 

そう言って、自学を始めたという事です。

まあ、ほんの少しの時間でゲームをしていたのも、自然な話だし、

無問題です。

が、そんな風に自分で考えられる子供がいることに、

コロナウィルスの所為で八方ふさがりの世で

教育という世界のほんの片隅のさらに端っこで35年生きてきた私は思うのです。

 

こういう子供が一人でもいれば、これからの日本は大丈夫だ、と、

文科相の大臣がどんなに偉そうなことを言い、

文科相の東大卒のお役人がどんなに高邁な理屈を捏ね繰り回そうと、

誰も子供を見てはいない。

三流私立大学卒(一浪一留)の、でも、現場を見続け、関わり続けた私は、

こういう子供をこそ大事にしたい、

こういう子供がこれからの日本を作り上げていくのだ、と。

 

 

 

 

 

自粛中の楽しみ7(Nゲージ初心者の記録、車両の塗装)

古い湘南カラーや横須賀カラーの車両を、と考えて手に入れた車両の色が

どうもイメージと違っていました。

そこで、大胆にも車両の塗装を目論んだのです。

まず、横須賀カラーの車両に取り掛かりました。

クリーム色の鉄道コレクション車両に、青15号という、横須賀線の塗装に使われていた

塗料(もちろん鉄道模型用)を手に入れ、筆塗りに挑戦。その車両の写真が、

これです。

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初レイアウトの駅に停車中です

ちょっと順序がおかしくなりますが、これが初レイアウトの一部写真と、

横須賀カラーに塗った車両です。

 

さて、塗装の話に戻りますが、Nゲージというのは、小さいのでレイアウト自体も

HOゲージと違って小さくできます。その分、いろいろな面で工作が難しくなります。

HOゲージが87分の1に対して、Nゲージはが150分の1。

この車両も筆塗りを試みたものの、塗装の境目などがうまく塗れませんでした。

四十歳くらいから老眼が始まり、このモデルを作っていたころには、

Nゲージの工作はかなり大変な作業になっていました。

何といっても小さいものが見えないので、これはどうしようもない

(いまだにそうです)。

そこで、全塗装を目論んでいた新潟交通の車両は

スプレー塗料を使うことにしたのです。

まず、台車から車体自体を外し、サフェーサーをかけます

(参考にした鉄道模型の雑誌では、その前に溶剤ですべての塗装を

はがし、プラスチックの地肌にしていましたが、私はそこは省略)。

下は塗装作業前の車両です。

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パッケージからだした写真

サフェーサーを吹き付けて、一日、二日置いたのが下の写真です。

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サフェーサー処理後

奥の方に見えている車両は、

 

鉄道コレクション 鉄コレ国鉄62系 4りょうセット

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 113系とか115系に似てますが、違う車両(らしい)です。

にわかの私には、よくわかりません。

 

まあ、それはさておき、缶スプレーで再塗装したものが下の写真です。

 

 

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塗装済み

よく見ると、やはり塗装の境目がうまくいっていないのですが、

マスキングテープや、マスキングゾルなどを使っても私には限界です。

 

ちなみにカプラーはアーノルトカプラーから、よりリアルに見えるTNカプラーに

変更してあります。下の写真は、アーノルトカプラーで車両が連結しているのですが、

車両の大きさ、人間(人形)の大きさに対して)あまりにも隙間が空きすぎです。

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アーノルトカプラーによる連結部

そこで、車両の連結、切り離しはめんどうくさいけれど、リアルに見える

TYカプラーに交換したわけです。

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TNカプラーです。

まあ、そんなこんなで、ある程度納得のいく車両が完成し、

次は最初のミニレイアウトのお話です

(時間軸として、湘南カラーを塗ったのはミニレイアウトが完成した後です)。

 

                             続きます。

 

 

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自粛中の楽しみ6(Nゲージ初心者の記録)

さて、トミックスのカーブレール(道床付き)は、普通の車両が通過できる

最小のものがC280と言って、半径28センチのもの。

でも、このレールで少し大きめの車両を走らせると、
カーブと車体のアンバランスさが目立ちます

(台車は曲がってるのに、車体が直進してるみたいな)。
小さめの車両なら問題ないので、このレールを使って90×60のレイアウトをつくろうと思っていました。

C280と直線レールを使えば、900×600サイズのレイアウトボード一杯に

楕円のエンドレスレールが作れます。

が、90×60のレイアウトボードは、一度作業を開始すれば、

簡単に変更や撤退はできません。どんなレイアウトにするか考えつつ…

 

まずやってみたのがA4サイズ(より少し)大きいミニレイアウト。

トミックスの道床付きレールには、C280より半径の小さなレールが何種類かあります。新幹線車両のような大きなものは走らせられないのですが、鉄道コレクション

 

 

 

12メートル級や18メートル級など、少し小さな車両をNゲージ化すれば、割と無理なく走らせられるようです

(この辺、生徒が持ってきた鉄道模型の雑誌で勉強しました。ありがとう生徒達よ)。

 

こんな車両を購入しモーターを買ってNゲージ化もしたのですが、

 

 

 

 色合いが望みで通りではない。

 私の鉄道の原体験から、長距離を走る各駅停車の車両は、

蒸気機関車が牽く旧型の客車か、湘南カラーまたは横須賀カラーの

ちょっと古ぼけた電車なんです。

上記の新潟交通さんの車両は、大きさ的にも手ごろだし、

色合いも湘南電車に似ている、という理由で購入したのですが

国鉄の湘南電車色(緑二号と黄かん色)とは違うんです。

 

で、どうする?

塗り替えるしかないでしょう!

                             続きます。

 

 

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自粛中の楽しみ5

ああ、やっと本題のNゲージにたどり着いた...

さて、いつかは故郷の田園風景とその中を走る旧国鉄の車両、スイッチバック

ひなびた木造駅舎をNゲージで再現しようと思ってから早幾星霜...

あるとき、チャンスは突然に、必然に、自然にやってきました。

 

私は、某高等学校が設立されて以来三十五年間、ずっとそこで働いていたのですが

(途中二度、各一年間の出向あり)、新設の学校を作り上げていくというのは、

思っている以上に大変でした。

二時帰宅、三時過ぎに寝て六時に起き、出勤。

そんなことを続けられたのは、若く、体力にも余裕があったのでしょう。

今は、絶対無理です。

 

ま、それはさておき、そんな仕事の中には、部活動の指導というものがあります。

入れ物(校舎)と、中身(生徒、先生)があっても、ほかには何もありません。

全部ゼロから作っていくしかなかったのです。

部活動もないし、顧問もいない。

なので、陸上競技部、サッカー部、写真部、演劇部、文芸部等の創設と、最初の顧問は

私が引き受けました。

だんだん学校が出来上がっていく過程で、専門知識や技能を持った人に顧問を

バトンタッチして、部活動も一層発展していくわけですが、

五十歳を過ぎたころ、新たな部活動が発足し、

教職員満場一致で(ウソ、大げさ)、私が顧問になったのでした。

その部活は「鉄道研究会」!

 

なんで私が鉄道好きってみんな知っていたんだろう?

未だに謎ですが、ま、結果オーライです。

 

倉庫として廃棄予定の机や机や椅子がいてあった教室を

部室として使わせてもらうことになり、部員全員と机や椅子を分解、

破棄して、広々とした部室を手に入れたのです。

 

部員たちは、90cm×180cmのベニヤを数枚購入し、

部室の半分ほどの面積に大きなレイアウトを作り始めます。

 

部費で購入するものは、小物やパワーパック、レールなど。

レールなどは、KATO社のものに限定していました(生徒の希望による)。

 

なので私はKATO社製品とは互換性のないTOMIX社のレールなどを

(これだと、公私混同の非難を浴びる恐れがない)

趣味(もとい、指導の一環)として購入し始めたのです。

どちらの会社のレールでも走らせられる車両は、部費での購入禁止。

部員各自の自前のものを持って部活に参加する、というルールを、顧問として

決め、活動を開始しました(自分勝手ではありますが、部費での車両購入は、

どうしても避けたかった)。

 

ま、生徒なりに工夫して少ない部費を使ってベニヤ3枚くらいの大きさの街をつくり、

文化祭などではかなり好評を博していたように思います。

 

で、私の話です。

 

職場の帰り道(うそ、ちょっと遠回りしました)に、「ジョーシン電気」という店が

あり、そこのキッズランドには、鉄道模型を扱うコーナーがあったのです。

とある年、文化祭で必要なものを購入しに寄ったとき、こんなものを見つけたのです。

 

在庫処分品で、たしか半額だった記憶が。

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床に置いてみました

90cm×60cmの、レイアウトボードです。

その当時は、退職したら自宅へ持ち帰れるし、という考えで購入したのですが、

どうやらNゲージのレイアウトを作成する最小のボードだったようです。

さあ、ここにどんなレイアウトをひくか、というのが次の問題として

浮かび上がってきました。

                            続きます。

 

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自粛中の楽しみ4(これはただの昔話)

何はともあれ、ゴールデンウィークに突入しました。

 

昭和の後期(20年をひとまとまりとして前、中、後期に勝手に分けております)、

具体的には昭和四十四年五月、日本は、(多分)三連休に浮かれておりました

(平成以降に生まれた方は想像もつかないでしょうが。その当時は学校は週6日制、

国民の祝日が日曜日にかぶっても「ああ、残念でしたね。以上。」という時代)。

なので、連休というのは二連休のこと。

今日(五月二日土曜日)を含めて五連休など、夢のまた夢。

 

そんな中、前述の三連休は、本当に奇跡のようなものでした

(ま、今年はあまり関係ない人が多いんでしょうが)。

小学校4年生だった私と両親、小学校一年生の弟は、

この三連休を使って、山梨の、母の実家に帰ることにしたのです。

その時の帰省は珍しく新宿発の列車で甲府まで行くことになりました。

いつもは、

 

piroji1616.hatenadiary.jp

 この記事にあるように、中央線は八王子から。

うまく高尾発があればボックスシートに家族四人で座れることはある。

新宿発の普通列車は、八王子ではほぼ満席。

みんなてんでんバラバラに座るという一家離散状態で帰省していたのですが

(指定席とか急行、特急という選択は両親には毛頭なかったと思う。

何しろ高額なので…)、さすがに日本全国が浮かれていた三連休。

両親も途中乗車が厳しいと思ったのでしょう。

珍しく新宿発の列車で帰省することにしたのです。

 

が、「八時ちょうどのあずさ二号で…」なんて、無理。

お金はかかるし、存在さえしていなかった。

優等列車「かいじ」「アルプス」くらいだったと思います。

多分連休前日、五月二日の夕方新宿発の各駅停車で甲府に向かったのですが、

その時、いまだに忘れられない恐怖体験をしました。

 

運よく自由席のボックスシートに座ることができたわが家四人ではありましたが、

列車は乗車率200%くらい(よくわからんけれど、シートは満席、通路も立っている

乗客で一杯)、そんな中発車数分前、外から列車の窓を叩き、「開けろ開けろ」と叫ぶ数名の若者が…

 

両親は、何事だろうと思って窓を開けたのでしょう。

もしや緊急事態か、と父(もと鉄道員)は窓を開けたのでしょう。

すると、その若者は窓から大きなリュックサックを押し込み(投げ入れられるような

重さではなかったように思います)、続いて自身が窓から車内に入り込み、

「文句言ってるのはどいつだ!」と叫びながら周りを威圧するように、通路に立つ人を

押し分けてデッキの方へ歩いていったのです(そんなことが同じ車両のいくつかの窓で

繰り広げられていました)。

多分、近辺の大人は唖然。子供(私ね)はびっくり、恐怖で黙っておりました。

半世紀が過ぎた今も、あの時の若者の恐ろしさは覚えています。

大きなリュックと、ピッケルから、登山をしようという人だという事は

想像がつきます。

 

登山をする人が皆、こういう人たちだとは思いませんし、登山愛好家を貶める気持ちも

毛ほどもありません。

 

ただ、昭和四十年頃、こんなことがあったと、知っておいてほしかっただけです。

人を「○○(登山愛好家とか、オートバイ乗りとか)」と、ひとくくりにするのは

間違っていると思います。

が、こういう風にひとくくりにされ、批判されるようなことは慎もうという

自分への戒めでした。

 

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自粛中の楽しみ3(の続き)

昨夜救急車で搬送されたお隣さんですが、

まだ姿は拝見していないんです.

ただ、庭先にはいつも通り洗濯物が干してあり、

奥さんがちらっと挨拶をして通り過ぎたので、

大事なかったのでしょう。

勝手な想像ですが…

 

何はともあれよかったです。

 

さて、自粛中の楽しみ、次回から再開します。