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定年過ぎの750乗り。趣味と、割と多忙な日々。

平成のおわりと、ほぼ時を同じくして定年を迎えました。主夫としての生活、愛車E36M3C、愛機Z750Fourのこと、趣味のこと、日々の出来事や思い出話を徒然に記していきます。

Z750Four(弐号機)納車から6年(その4)。

ずいぶん時間があいてしまいましたが、

弐号機納車の日(もう夜だ!)、B3ジャケットと新しいグローブ、オーバーパンツ、

シールドの曇り止めなどのおかげで、冬の夜の寒さをものともせず

埼玉の山奥から千葉まで(こけることもなく)帰ってきました。

走り馴れた国道16号、見慣れたコンビニ。

 

家につく前にちょっと一服。のつもりで寄ったコンビニで、その日最後の事件が起こりました。

 

オートバイにまたがり、キーを差し込んでスイッチオン。

あれ?インジケーターランプがつかない。

ニュートラルのグリーンも、ブレーキの赤も。

 

ご存じの方もいらっしゃるかもしれません。

750RS、900Super4のインジケーターランプはメーターの下に横並び。

Z系になってからはメーターの間に縦並び。

 

そのランプが点灯しないのです。

メカ音痴の私でも「バッテリー上がった?」くらいはわかります。

でもキックがついています。

が、三回、四回とキックしてもウンともスンとも言いません。

コンビニにつくまでは、快調でした。

ライトももちろんついていました。ウインカーも普通に点灯していた。

 

初号機では、こんな時よく押しがけをしたものです。

でも、何十年ぶりかで乗った大型二輪車で押しがけをする体力も自信もありません。

で、コンビニの先を左折すると緩やかな下り坂があることを思い出して、

そこまで弐号機を押していきました。

坂道を下りながら押しがけ(の真似事)をしましたが、やはりだめです。

 

ふと思い出したのは初号機のことです。

ダイナモが壊れ、バッテリーの残量だけで東京から帰ってきた時のことです。

 

ダイナモが壊れていたというのは、後日モトランドカジカワさんで聞いたのですが、

その時は、首都高環状線から京葉道路に入ったころから次第にエンジンの

ふけあがりが悪くなり、ヘッドライトを消すと(京葉道路は明るかったので、ライトを消しても何とか走れました)、エンジンの調子が戻るのです。

 

だましだまし京葉道路船橋料金所にたどり着きました。

が、料金を払い終わるとエンジンがストール。

その後は何度キックしてもかかりませんでした。

 

料金所の職員さんの詰め所前にZを止めさせてもらって、船橋料金所下の国道14号

タクシーを拾い、自宅へ帰ったのですが、その時のことを思い出したのです。

 

「あの時と同じかも」

じゃあお手上げだ…

 

家までバイクで15分の距離(しかもアップダウンつき)を押して帰る?

 

いいえ、そんなことは致しません(できません)。

初号機時代と違い、今は、JAF二輪車に対応してくれます。

JAFに電話して、二輪対応救援車の救援を頼みます。

 

待つこと数十分、来てくれたJAF提携のレッカー会社の社員さんとZを車に積み、

お話をしながら自宅へ向かうと、なんとこの方、私がお世話になるのは4回目。

M3C初号機で2回(一回目はVANOSが壊れてオイルを吹き、走行不能

二回目はラジエターのアッパーパイプが壊れて冷却水がなくなり走行不能)。

M3C弐号機で1回(燃ポンが壊れてガソリンを吹き走行不能)の計三回、

そして今日がめでたく(ない)四回目と相成ったのでした。

お互いに再会を喜び(んではいない)つつ

なんとか自宅にたどり着いたのでありました。

 

納車されたZとともに颯爽と自宅に乗り付けるという夢は破れましたが、

何はともあれ無事自宅までZ(と自分)を送り届け、Z750Four弐号機とは

この日から新たな相棒として共に歩むことになったわけです。

 

あとで調べたら弐号機が納車時に積んでいたバッテリーはリチウムイオン式のもので、

これは突然死するらしいです。

当然すぐバッテリーを買いに行ったことは言うまでもありません。

 

 

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